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墓標

2018-07-09
受け手には全く関係のない話ではあるが

ひたすらに内に向けて嚥下しようとするモノを外に向けて見せることに
思考の中での折り合いはついてはいたが最近改めて感じるようになった

元々他人の評価はさほど気にしない質であったが
そこが意味する自分の本質がようやく見えてきつつある。


受け手に分かりやすく表現することに
自分の中での無意味さとの折り合いを付けるのが苦手で
そのギャップに苛まれた時期もあったが

そんな(自分の中で)くだらない事より
自分に向かって砥ぐ方が何倍も楽しく苦しく
結果納得のいくものであるという事が

そして自分にはこちらの方が向いているという事もよくわかった。


元来エエ格好しいである己が他に対して

格好つける事
格好つけない事
格好つけないように見せる事

もちろん己に対しても同じく

しかし

自己に対する体裁すら関係のない部分に
己が求める本質があるのではないかと思い

十数年前に絶対的な足枷となる不安を一つ取り除いたわけだが
それは正しく正解であった。


己自身の納得のいった結果よりも
足枷を取り除いたことによる評価の方が断然高いのは事実であり
己にはその評価以外は何も得ない

つまり、俺自身には何も無い

ただの凡人であるという事がここにきてようやくわかった。


これが
十二年かけて準備し
十二年かけて検証し
一年かけて熟考した
何もない己の人生二十五年間を費やした結果である。


これでやっと不惑の礎を感じられたに過ぎないが
知天命まで残り数年間を残してこの位置を実感できた意味は
不出来な自分には大きいと感じている。


あとはこの礎を組んでいくだけである
つまり今までの道はおおまかには間違っていなかったと

故に此処に我が墓標を立てる。


なるほど、こっちやったか
なかなか粋なことするやん


そう思うわけです。

つじ
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